_g★weblog

ぼくら以外のところにあって、しかもぼくらのあいだに共通のある目的によって、
兄弟たちと結ばれるとき、ぼくらははじめて楽に息がつける。
 ―人間の土地
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お引越し。
それにしてもJUGEMが繋がりにくいので、ヒトオモイニ(?)自分のところにMovable Typeを植えました。(日本時間での早朝に行われるメンテナンスが、ヨーロッパ時間にはイタイのです。)

URLは、いつものメインサイト(とはいえ最近放置されていた)、_gからどうぞ。

なんとなーくできたような気がしてるのですが、不具合等がありましたら、ご一報いただければ幸甚です。

blogではありますが、ちょっとゆっくりあたためて書いた記事を、発信したいなあ、と。これまでのweb siteと、日記的blogの中間あたり、そして、双方向に、育てたいのです。

それでは。
| ふと思った、日々 | 09:04 | comments(0) | trackbacks(2)
外国で異国のめし★ひよこ豆のカレー

夜カレー。

オランダには、いろんなひとが住んでいる。
かつて「オランダ」とされていた、スリナムには、インド系の人々が多く住むらしい。チャイナタウンの端にある、スパイスがもりもり積み上げられたお店は、スリナム人のお父さんの経営だ。巨大な青いバナナや(たぶんあれは「野菜」なんだろう)流木みたいな干し魚(の食べ方も、いつか知りたい)の売り場をめぐって、こまごまとスパイスを買い込む。これも、また、オランダの楽しみ。
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| おいしいはうれしい | 23:55 | comments(4) | trackbacks(0)
おしゃべり。

夏休みも、もうそろそろおしまい。

私は苦手なことはいくつかあって、どうしようもなく瑣末なこと、例えば、ひとと身体が触れるのや、あたり障りのないような世間話、なんてものなのだけれど、そんな場面ではぐっと、こころの芯が硬くこわばるのがわかる。年齢を重ねるにつれて、多少は慣れたのだけれど。

だからなるべく、満員電車には乗らない。人込みにもゆかない。再会のキスキスキスも、それは我々の習いではないから、とやんわりと逃げてしまう。でもそればかりしていると、時々難しい。社交をしなくていけない晴れの場には、ぴしりと着物でも着ようかな。hugもdanceも、見るからに「難しそう」でしょう。
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| ふと思った、日々 | 23:48 | comments(13) | trackbacks(0)
お酒をめぐる新たな問題。

alcohol-freeのビールなの。。。カフェのテラスでは、やっぱりこういう味がいい。未練がましい?

唐突に、飲酒をやめてみた。特に理由はなくて。
とはいえ、お酒は、私は習慣的に毎日飲んでいたわけではなく、ただ、時々はたくさん飲んだ。ワインを一人で一本くらい、とかね。

そんなふうだから、特に体調に劇的な変化があるでもないけれど、心なしか、さっぱりとしている。そういえば、これまでもイスラム文化圏に入ったときや、マラリアやデング熱のある地域にいたとき(お酒を飲むと、格段に蚊に刺されやすくなる)は、全くお酒を飲まなくて、ああ、こんなふうにからだが少し軽かった。

それでほぼ一ヶ月。
土曜は会食があったので、しかもオマールえびと羊!ということで素敵な香りのワインを少し。そうしたら、てきめんに頭がイタイ、少し前の私なら、シンジラレナイ少量なのに。むう。飲まないと「弱くなる」って本当なのね。けれどもこのひと月の、すっきりとした身体、も捨てがたいし、さて。これはほんとに禁酒、かなああ。

それにしても、レストランなんかでの「おいしい食事」に、お酒以外の飲み物で、何をあわせたらいいのかなあ。
| おいしいはうれしい | 13:56 | comments(6) | trackbacks(0)
覚え書き


岡本太郎さんは言う。

『日本残酷物語』に、柳田国男氏の『山の人生』の一節が収録されている。
 美濃のある炭焼きの話である。
「女房はとっくに死んで、あとには十三になる男の子が一人あった。そこへどうした事情であったか、おなじ年位の小娘をもらってきて、山の炭焼き小屋で一緒に育てていた。なんとしても炭は売れず、なんど里へ降りても、いつも一合の米も手に入らなかった。最後の日にも空手で戻ってきて、飢えきっている小さい者の顔を見るのがつらさに、すっと小屋の奥へはいって昼寝をしてしまった。
 眼がさめて見ると、小屋の口いっぱいに夕日がさしていた。秋の末のことであったという。二人の子供がその日当たりのところにしゃがんで、しきりになにかしているので、傍らへいって見たら一生懸命に仕事に使う大きな斧を磨いていた。阿爺、これで私たちを殺してくれといったそうである。そうして入り口の材木を枕にして、二人ながら仰向けに寝たそうである。それを見るとくらくらとして、前後の考えもなく二人の首を打ち落としてしまった。それでじぶんは死ぬことができなくてやがて捕らえられて牢に入れられた。この親爺がもう六十近くなってから、特赦を受けて世の中へ出てきたのである。そうしてそれからどうなったか、すぐにまたわからなくなってしまった。」

 私はかつてない衝撃をうけた。―人間生命の、ぎりぎりの美しさ。それは一見惨めの極みだが、透明な生命の流れだ。いかなる自然よりもはるかに逞しく、新鮮に、自然である。かつて人間が悠久に生きつぎ、生きながらえてきた、その一こまであり、またそのすべてを戦慄的に象徴している。ヒューマニズムとか道徳なんていう、絹靴下のようなきめですくえる次元ではない。現代モラルはこれを暗い、マイナスの面でしか理解することができない。だがこの残酷である美しさ、強さ、そして無邪気さ。
 よそは知らない。しかしこういう根源的な人間生命が久しい間、そして今日まで、日本とその周辺の世界を支えてきた。

(岡本太郎『沖縄文化論・忘れられた日本』1996年,中央公論社)
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| 脳が散歩 | 23:17 | comments(4) | trackbacks(0)
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